SNOWLOGの日記

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地下鉄サリン事件から27年経った。

 
 日々、生きていて

ついてるなあと

おもっているほうで

その根拠は

この1995年3月20日

地下鉄サリン事件

この事件に遭遇するところだったのが

危うく逃れたというところにある。


 忘れもしない

1995年3月20日の月曜日

その日の午前中は

信濃町慶應義塾大学病院の内科を

受診する予定だった。

 いまもそうなのだが

住んでいるところから信濃町まで

交通アクセスがよくない。

 大学病院だから午前中は混む。

朝の6時頃起きて

地下鉄に乗って信濃町までいかなければ

ならなかった。

 が

この日に限って寝坊してしまった。

9時40分くらいに起きてしまった。

しまったとおもったが

もうどうにもならない。

目覚ましが鳴らなかったか

鳴っても起きなかったのか

どちらかであった。

こういうことはめったにない。

 あきらめて

その日は休むことにして

連絡をした。

 具合が悪いので

横になってラジオの番組を

聴いていたら

最初は地下鉄にアルコールかなにか液体が

撒かれたと報じていた。

 具合が悪い人が出ているという。

いったい何がおきているのかは

わからなかった。

 10時に知人から電話連絡が着た。

オウム真理教がなにかやったらしいという。

(その知人がその時点でそのことを

 知っていたかは謎だった。)

気になったので最寄りの駅にいってみたら

救急車が何台もきていた。

 なんだかわからないが

これは大変なことになっているのだと

気が付いて

急いで帰ってきた。

 テレビで確認すると

やはり毒物が撒かれたと

報じていた。

  ちなみに最寄り駅では

残念ながら亡くなった方がいた。

あの時目覚ましが鳴っていたら

あるいは起きていたらと

おもうとぞっとする。


 この時期になると

墓参りすることが多いが

事件に遭わなかったのは

ご先祖様の御加護ではないか

と思っている。

 もちろん偶々だということもある。

90年代は多難な時代だったが

なんとか今でも生き延びて生活できているのは

自分がついているからと思っている。

 +神仏の御加護があるおかげなのかなとも

おもっている。