SNOWLOGの日記

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いじめられていたほうは何年経っても忘れないものだ。

www.newsweekjapan.jp


 古谷経衛氏が怒っているなあと

いじめられていた経験があったことを

告白しているが

やり返してもいる。

 やり返す勇気がある人はまだいいのだが

やり返すことができない子は生涯の傷となってしまう。

(暴力行為を推奨はしていません。)


 ちょっと気になったのが

山形県のマット事件

1993年1月の事件である。

 実はこの事件の被害者の親戚は

私の知人である。

被害者の子のお葬式にはいってきたといっていた。


 1993年から1994年には暴力行為は

絶対悪だったという認識なのは認める。

 そういう雰囲気だったし。

そこに小山田圭吾のインタビューが載った

雑誌が発売された。

 1月号なのでインタビューは1993年内に

行われたのだろう。


 1990年代はそういうノリだったというのは

通用しないだろう。サブカルチャー内での

話としても雑誌は公に発売されているのだし

同人誌でもないのだから。


 私はたらたらとのんびり学生時代を送って

いじめた経験もいじめられた経験もないので

わからないのだが

いじめられたほうは絶対に忘れないだろう。


 メンタリストの人も古谷氏も

かなりいじめについては

感情的になっている。なってもいいが。

 昔のいじめは時限爆弾みたいなもので

未来に爆発するかもしれない。


 いじめで爆弾というと

1991年の佐賀県の同窓会殺人未遂事件が思い出される。

www.maroon.dti.ne.jp

犯人の名前も今も覚えている。




悪趣味ではあるが
1991年の事件に言及している本。